2014年08月24日

徳島―東京線就航50周年

今夏、お盆の時期に実家徳島へ帰省しました。今回は高松空港経由で帰省したため、私は徳島空港を利用せず、遅れて着た主人を迎えに徳島空港を訪れました。いつもは私が帰省する時に迎えられる立場ですが、今回は私も一緒に迎え入れる立場。私の家族はいつもこうやって迎えてくれているんだと、心がほっこり温かい気持ちになりました。

それはさておき、徳島空港では今、徳島―東京線就航50周年記念の展示をしています。空港の正面玄関から入ると、すぐ真正面に広がる吹き抜けの開放感あるロビーにて、徳島空港の50年の歴史を辿る写真展が小ぢんまりと開催されていました。元々は、日本海軍徳島航空隊の基地であり、徳島空港の前身は松茂飛行場と呼ばれていました(松茂とは、徳島空港がある場所の地名です)。現在は、東京線と福岡線のたった2路線のみですが(今年8月の1カ月間は、札幌直行便が期間限定で運航されています)、日本航空、全日本空輸の大手キャリア2社ががっちり固め、徳島―東京線については、毎日24便(12往復)が定期運航しています。

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松茂飛行場が民間の飛行場としても利用され始めて間もない頃(1961年)は、グラマン・マラードという飛行艇が日東航空によって運航され、飛行艇であったために、近くを流れる吉野川に着水する便もあったというから驚きです。小さい頃によくシジミ採りをしていた、家の近くのあの吉野川に飛行艇が降りてきていたなんて──。当時を生きていれば、毎日走って見に行っていたかもしれません。それから大型プロペラ機であるDC-4の運行テストが行われたり、高度成長期末期には、エプロンに3機も4機もの機体がひしめく頃があったり、短かった滑走路は埋め立てにより延ばされ、DC-9やA300などの大型機を運航できる空港へと発展していきました。

私が記憶している中でも、色々なドラマがありました。1994年には、全日空が東京―徳島初就航記念としてマリンジャンボJr.を飛ばしていました。当時小学校低学年だった私は、父親に観に連れて行ってもらい大はしゃぎしたことを今でも覚えています。最近で言うと、2012年末には、日本航空のJALドラえもんジェットが東京―徳島線を初就航便として飛んできました。これまでに徳島空港へ来た珍しいヒコーキは、徳島空港2階の屋内デッキへと向かう通路の壁に写真として飾られています。

小さい空港ですが、現在のターミナルビルは2010年に供用開始されたばかりでまだ新しく、綺麗です。到着ロビーから奥を見渡すと、ガラス越しにエプロンに駐機しているヒコーキが見られ、よく子供たちがガラスにくっついて外のヒコーキを眺めています。機体から降りると聴こえてくる阿波踊りのお囃子(おはやし)でホームに戻ったことを実感できる、アットホームな空港が大好き。もちろん実家の最寄り空港というひいき目もありますが──これからも、徳島―東京線の運航が途切れることなく、ますます発展していくことを願っています。


posted by Amelia at 21:51| Comment(4) | その他国内の空港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Amelia Cafeさんの記事は旅の報告だけでなく、ときどき航空の歴史なども伝えてくれるので、勉強になります。
Posted by 牡牛座うまれの旅人 at 2014年08月28日 01:09
牡牛座うまれの旅人さん
ブログ見ていただきありがとうございます。
航空の歴史は知らないことがまだまだ多いですが、勉強になったことは、ブログでシェアするようにしています。また是非チェックしてください。
Posted by Amelia Cafe at 2014年08月28日 07:14
たのしくブログみました。四国毎年行きます。色んな行き方を考えてくださいね。
Posted by 四国の旅人 at 2014年08月28日 20:42
四国の旅人さん
ブログ見ていただきありがとうございます。
四国出身の一人として、毎年四国に来ていただける方はとても貴重で嬉しく思います。
私はまだ徳島のことしか書いていないので、これからは他の3件も書けるように勉強しておきますね。
Posted by Amelia Cafe at 2014年08月28日 22:03
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