2015年06月24日

思い出のRoadRunner

ふと、アメリカにいた頃のことを思い出しました。通勤中にたまたま見かけた、側面に「Roadrunner」と書かれたトラックがきっかけで。とっても私的な話ですが、同じカンザスの大学に行っていた留学生でこの名前にピンとこない人はいないといっても過言ではありません。誰もが、少なくとも一度はお世話になりました。

私が住んでいた、カンザス州のマンハッタンという町は、「カンザスシティ国際空港(KCI)」という1番便利な最寄り空港から車で数時間の、とても辺鄙なところに位置しています。カンザス州は国土のちょうど中心部で「アメリカのへそ」と言われ、マンハッタンはさらに州のど真ん中。日本からは、シカゴやダラス、ミネアポリスなどの主要空港を経由してKCIまで飛行機で約17〜18時間、そこからさらにロードトリップと、1日がかりの旅をしていました。

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KCIとマンハッタン間は、「KCI RoadRunner」という乗り合いバンで移動していました。車内は、体格のいい大人10人がぎゅうぎゅう詰めになり、私の大っきなスーツケースは、車の後ろにくっついた荷台に放り投げられました。このRoadRunnerが厄介もので、大幅遅延が当たり前。時に我慢できずに電話で文句を言ったことも少なくありません。日本のように、必ず定刻で迎えが来ると思ったら大間違い。一時帰国する時には、RoadRunnerの迎えなしに、いささか喜ぶことはできませんでした。やっとの思いで1セメスターを終え、吹雪のなか待ちぼうけをくらった時には、もう二度と乗ってやるかと憎んだこともあったような。

こんな苦い過去も、今ではほほ笑ましい思い出です。マンハッタンからは、いくつかの地点を経由してお客さんをピックアップして走るため、空港までは3時間半の道のり。ただ平坦で真っすぐ続く道の両サイドには数え切れないほどの牛が放牧され、180度広がる空と平原の代わり映えしない景色が、今は懐かしいとさえ思います。あの頃は、マンハッタンが第2のふるさとでした。またいつか、RoadRunnerに乗って友達に会いに行きたいなァ──としばし思い出にふけっています。


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2015年05月30日

あれから10年

10年前の今日、それまで一度も経験したことのないような感情を抱いていました。楽しみと、興奮と、ちょっぴりの切なさが入り混じり、寝つけない夜でした。高校を卒業したばかりの小娘が、初めて海外に飛び出す前夜のことです。

その前の夏に、「アメリカに行きたい」と両親に打ち明けました。4年制の大学に進学したいと──。ビックリして反対した母と、行きたいなら行きなさいという父。最終的には両親ともに私の夢を応援し、背中を押してくれました。外国を意識し始めたのは、小学生の時に、通信教育講座の付録についてきた25セントコインを見た頃から。たった30円ほどの価値の通貨が憧れのきっかけなんて笑ってしまいますが、当時は大切にしていたことを覚えています。

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出発は成田空港、第1ターミナルの北ウイングからでした。ご覧の写真は、出発前に母と撮った1枚です。あの頃は若くて、できないことは何にもないと信じていました。パワフルだったなぁ。3姉妹の末っ子で負けず嫌い、やりたいことはやると自由気ままに育った私は、向こうにいる間も、両親にたいして相談もしないままマーチングバンドに入り、メキシコに留学し、休暇中にフロリダでホームステイし、勝手に行動して随分心配をかけました。

「辛かったら、いつでも帰ってきていいけんね」、これが私の母の口癖でした。「帰るわけないやん」そう言って頑張る私の性格を、母は見抜いていたのでしょうか。この言葉があったから頑張れた、今となってはそう思います。今、大橋卓弥さんの「ありがとう」という曲を聴きながら、あの頃と今の自分をリンクさせています。あれから10年、あなたの願うような私になれていますか? あの頃も今も、いつも味方でいてくれる家族に、心からありがとう。
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2014年12月28日

White Elephant

クリスマスが終わった後も、今朝、会社のいすの上にプレゼントを見つけ、思わず顔がほころびました。差出人は一体誰だろうと、添えられたカードを開けてみると、「Santa loves you...」のメッセージ──年末に働く私にサンタが来てくれました。

ランチ休憩中も、まだクリスマスの話題で持ちきり。プレゼント交換の話になり、同僚があみだくじでプレゼントの行き先を決めたんだと話していた時に、ふとアメリカ留学時代によくやっていたプレゼント交換ゲーム「White Elephant」のことを思い出しました。

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ルールは、まず、包装したプレゼントを1人1個ずつ持ちより、真ん中にまとめて置きます。そのプレゼントをあらかじめ決められた順番で選んでいくわけですが、選んだその場で、中身を皆に公開しなければなりません。2番目以降の人たちは、自分が選んだものより既に誰かに渡ったプレゼントの方が気に入れば、それを「盗む」ことが可能。残念ながら盗まれてしまった人はプレゼントを選び直す、という権利が与えられます。

このゲーム、順番が後になればなるほど得なんじゃないかという意見もあるでしょう。その対策として、盗める回数の上限を決めたり、順番を途中で逆転させることもありました。人気のプレゼントが盗まれる度にワーっと盛り上がったり、自分のものが盗られないかと、人目に触れないように隠しながらヒヤヒヤしたことを覚えています。

White Elephantには「不要なもの」という意味があり、家のいらないものを、決められた金額相当分かき集めてくるのが当初の考えだったそうです。でも、不思議なことに誰もがプレゼント選びに気合いを入れ、自分のものが1番なんだと言っていたような気がします。さて、クリスマスの話はいい加減このくらいにして、次回更新するBlogには今年の振り返りについて書こうと思っています。
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